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ブログ

プロフィール

ライターの集い (メディア)

4か月前

  • 1
  • ページビュー数
    41

 



初めまして!
今日から新しく新人ライターとして参加させていただきました。
きょんぺいと申します。
自己紹介がてらに最初の記事を書かせていただきます!
少し長くなっちゃってますがぜひお付き合いくださいw

 

【目次】
・プロフィール
・幼少期
・小学校
・中学校
・高校
・大学1年
・大学2年
・大学3年
・休学1年目
・休学2年目

 

【プロフィール】



下田恭平
・23歳
・A型
・玉名工業高校 卒業
・熊本学園大学 商学部経営学科 所属(休学中)
・好きなこと
温泉、弾き語り、音楽全般、料理、散歩、水泳(後20個くらいあります)
・大学での活動
ロアッソ熊本スタジアム満員プロジェクト 設立・代表

・メディア
テレビ
熊本学園大学 オープニング曲 cm曲担当
RKK熊本放送 天気予報フィラーソング

ラジオ
FMKラジオ 「VIVA!roasso radio」 出演
FMたんと  さんせっとTANTO 出演

 

【幼少期】
熊本県玉名市で生まれる。
家族構成は父、母、3人の姉、と母方のばあちゃん
下田家待望の男の子ということもあり家族から、近所の人から、とにかく大層可愛がられた。

 

【小学校】
目立ちたがり、授業中に発言したがり
水泳にどハマりし、6年生の時には南九州大会にて平泳ぎ優勝!
童話発表会や、地元の劇団のミュージカルなどにも出演したりとここにも目立ちたがりが発揮した
囲碁、英会話教室、スイミングスクール、公文など色々習い事をしていたがどれも長続きはしなかった。
学校に帰るとコブクロのアルバムを流して大合唱するのが日課だった。

 

【中学校】
成績は中の中。
相変わらずの目立ちたがり。合唱コンクール指揮者、運動会の応援団など目立つことはなんでもやった。
家族構成が女ばかりなので口癖が女っぽいらしく、また髪が長かったためオカマだと思われていた。
先輩の誘いでバドミントン部に所属。対して強くもなく弱くもなく。結局は「バドはセンスないな」と気づき結局高校二年で辞退。
中学2年で友達の誘いでギターを始める。小学校の頃から歌には自信があった。
恋をした。(この時好きになった子を大学1年まで好きだったw)
中二の時に中2病にかかる。夜中の中学校に侵入し警備会社と鬼ごっこ。授業サボるのがかっこいいと思っていた。
高校受験は地元の名門公立高校を目指すも学力足りず。まさかの工業高校に進学。
中学時代が一番楽しかった。

【高校】


ほぼ男子校。青春を取りこぼす。
学科は電子化で、クラスの2分の1がオタク。昼休みは基本ボカロが流れている。
文系の僕はもちろん工業系の勉強が嫌いで成績は毎回中の下らへん。
ゲームや漫画に全く興味がないため友達との会話に苦しんだ。
周りがスマホを持ち始めたが自分だけ持ってなくて恥ずかしかった。
無断でバイク登校していたのが先生にばれ、停学をくらい人生初の坊主。とにかく髪を切るのが嫌いだったため人生のどん底と感じる。
パッとしない高校生活だった。
青春を取り戻したい一心に大学進学を決意。

 

【大学1年】


夢のキャンパスライフ!!
サークルにも入り、たくさんの友達ができた。
飲み会、バイト、サークルの毎日を繰り返した。
授業は基本寝る。典型的なクソみたいな毎日を過ごしていた。
一年後期に入ると一番の親友が徐々に学校にこなくなる。
仲の良かったグループもいつの間にか解散しどんどん自分が孤立した。
別にいじめられているわけでも、友達がいなくなったわけでもないが空虚感しかなかった。
この時期なんのために大学に通っているのかわからなくなった。
一人でいることが恥ずかしくなって個室トイレで弁当を食べることもあった。

【大学二年】


「キャリアデザイン論」に出会う。(自分の人生を優位意義にするための人生設計の授業だ。)
講義の中で唯一寝ずに、楽しみにしていた授業だった。
21年間自分自身としっかり向き合うことがなかったため、新鮮だった。
今の状況を変えたくて、この授業を教える嶋田先生が設立した「ぴあラボ」という団体に入った。(このぴあラボに入ったきっかけが後に人生のターニングポイントになる)
ぴあラボ内で「ロアッソ熊本スタジアム満員プロジェクト」を設立。
地元jリーグチームロアッソ熊本が大好きで、学生の力でもっと盛り上げたいていこうと思った(この時に初めてリーダーというポジションについて、上に立つ大変さを知った。)
リーダーってマジ大変。結構うまくいかないことが多かった。イベントを開催しても中途半端な結果だった。
音楽活動で花開く。自分で作った曲が初めて地元のラジオ番組に使ってもらった。PVも完成した。(URL)
オリジナル曲「彼女」のダウンロード配信スタート。
熊本地震で被災する。当たり前の毎日に幸せを感じた。
学校も休止に入り、毎日脳神経外科の病院でボランティア活動を行った。

【大学三年】


少しづつ自分の周りの変化が現れた。付き合う友達が変わった。
夏休みから就活準備のため初の上京。(この時に初めて賢者屋を知る。)
都内で出会った他の地方学生、都市学生のレベルの高さに驚愕した。
就活準備のため、その他にも都内の就活合宿に参加した。
ベンチャー企業のイケイケな熱い感じに魅力を感じ、ベンチャー企業にに絞って仕事を探した。
日にちが経っても「これだ!」という会社が見つからずあっという間に夏休みが終わった。
自身で立ち上げた団体のおかげで気付けばたくさんの人脈ができていた。4ヶ月で500枚名刺を配っていた。
この時出会った、ある企業の人事の方から海外をすすめられた。
「無理に社会の型にはまらなくてもいいんだよ。」という言葉が響いた。→セブ島の日系ベンチャー企業の社長を紹介してもらう。
いつもは親に確認を取るが、すぐに休学届けをだし、就職活動もやめた。
→人生に敷かれたレールを初めて脱線した。

【休学一年目】



初めての海外。空港に着いてから目に見えるものすべてが新鮮だった。
Ahgs English academy にてインターンをスタート。(URL)
(会社で働くとはどういうことなのかを学ぶため、インターンとしてではなく社員レベルではどこまで通用できるのか目標にした。)
この会社の早川社長はただ学生の僕にたくさんの挑戦の場を提供してくれた。
具体的に積み上げてきた小さな成功体験。
・コールセンターの自部署をもたせてもらい人とお金の管理をする。
・部署実績4ヶ月連続1位
・約3万人規模の日本人会主催のjanese festival in Cebu アーグスの実行委員長。
・インターン長、トレーナーという役職を頂いて、留学生のサポート。
・社内の開発、企画、メディア運営
・セブ島での楽曲提供
・waoje世界大会への参加
・waojeセブ支局のインターン生としての活動
一つ一つの成功体験を積み上げて自分に自信がついた。
セブに来なかったら出会えてないだろう最前線で活躍する人と知り合えた。
帰国後、起業を決意。
あれだけお世話になった社長からの社員のお誘いオファーを蹴った。
全く資金調達ができなかった。日本に帰ればまだ何も実力のない自分に気付いた。ノウハウも何もわからなかった。
他人と違う経験をしたことで天狗になっていた。
自力で資金調達をするためにもう一年休学し働く決意をした。

【休学二年目】←現在ココ



  1. 楽しみながら仕事をしたいとおもい、兵庫県城崎温泉街の旅館に入社した。
    月に1日しか休みがなく狂うほど仕事をした。
    1ヶ月に3人の社員が辞めるほど中々のブラック会社だった。
    4ヶ月で80万貯金ができた。
    親の扶養に入ってるため限度の103万を余裕で超えてしまう。
    オーストラリアへのワーホリを決意(海外の収入はカウントされないためいくら稼いでもno probre)
    現在ワーホリ真っ只中


 

また今後もこのプロフィールは随時更新されていくとおもいます。
最後まで読んでいただきありがとうございました。

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